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SIDE:GR Episode0-1.1L

Leave the nest

〜承前 1〜

著:NAOKI
​イラスト:今ノ夜きよし

「ヴン・・・ヴン・・・ヴンヴヴンヴン・・・・ヴヴヴヴヴ」  澄み渡る空の下、人型を模した巨人たちから響く低い脈動音の間隔が短くなっていき、やがて静かに一定のリズムを刻む。起動からアイドリング状態に入った証だ。  「トレーサー3よりホワイトラビット。調子はどうだ?」  「こちらホワイトラビット。良好、と言えるんですかね昨日のアレで。整備班のヨハン隊長にこってり絞られるし。自信無くしちゃいますよ」  「まぁそうしょげるな。それでもテストが始まった頃よりはかなりまともに動けてるぜ?とはいえ実戦だったらまだまだ背中は預けたくないけどなぁ、アイン少尉殿」  「茶化さないでくださいバローラさん!それに自分はもう軍属じゃあありません!」  今回のテストの主役でありホワイトラビットと呼ばれた長い耳を持つ明灰色の巨人「エーデルシュタイン」と濃紺の巨人「ヴィルトガンズ」の背に収まったパイロット2人、アイン・ロックウェルとバローラ・バロウズが軽口を叩き合う。  「そこまでだホワイトラビット、トレーサー3。これよりヴィルトガンズフリンジタイプ/エーデルシュタイン評価試験最終工程、実戦を想定した模擬戦闘を開始する。予定どおりグレッグ隊のグリムリーパー6、リーパー6の計12機が仮想敵として演習区域内に配置されている。単機でこれらを撃破しながらゴール地点であるアルファポイントへ帰投せよ。区域内であればコースは自由、ただし中間ポイントC-3にある仮設司令本部を必ず通過すること。俺は一足早く司令本部で待機している。トレーサー2および3は後方支援と威嚇射撃のみ、グレッグ隊もターゲットはホワイトラビットのみとする。いいな?」  巨人に随伴する童話の小人のようなずんぐりとした体躯のリーパーから無線が飛ぶ。  小人、とはいえ5メートルはあろうかという人型を模したマシンだ。  そのリーパー「オルトロス」の、人間であれば頭部があるべき場所に設置された機銃座から2機を見上げるトレーサー1=ブレイク・リー部隊長の声がそれぞれのコックピットに響く。  「ホワイトラビット了解」  「あいよ、おやっさん。にしても単機相手に12機、しかもエネミー1はグレッグ隊長って。テストにしてもやりすぎじゃないの?」  「作戦行動中はトレーサー1と呼べ馬鹿者。相手グリムリーパーは6機とはいえβグレードのイーグレットだ。αグレードとのカタログスペックでの戦力比は3対1だぞ。最新鋭機ならお釣りが来るだろう?あとグレッグがどうした。あいつは」  「エネミー8よりトレーサー1、我々リーパー部隊を忘れちゃいませんか?」  「イーグレットはいい機体ですトレーサー1」  「なんだブレイク、お前の所の若いの相手にオレが相手じゃ不足ってか」  「あーもううるさいあんたたち!グレッグ隊長も!ちゃっちゃと終わらせてテスト終了のお祝いをしましょうよトレーサー1」  トレーサー2=チヒロ・F・リートフェルトが久しぶりの実戦形式に浮き足立、同時に、っている男達をたしなめる。  「トレーサー2の言うとおりだ。早く美味い酒が飲みたい。ミッションスタートだ、行くぞ!」  ブレイク隊長とグレッグ隊がフィールドへ向かって15分、アイン達ブレイク隊はエネミー役のグレッグ隊の待つフィールドへ各々の機体を走らせた。  西暦の最後に起こった「審判の季節」と呼ばれる隕石群の飛来に端を発する地殻変動をはじめとする全地球規模の大災害により、人類は一度滅びかけた。それでも人類が一致団結した結果と、当時枯渇しかけていた化石燃料に代わる大災害以前には存在しなかった未知の鉱石「ラウズ鉱石」から精製される「ラウジール」によってもたらされたエネルギー革命によって奇跡的な復興を遂げた現在。ここは軍需産業大国「キャスレリア」の国営企業「DHネルシオン」が、その1番の得意先とも言えるワイズ連邦の所属国であるゴートワルナの領土内に所有する広大な敷地、通称「エリア27」と呼ばれる演習場である。  審判の季節後の混乱期、大戦国時代と呼ばれた時期に一大勢力を築き上げた「フェイエトール帝国」と、ラウズ鉱石という人類の福音とともに現れた、まるで神話の時代から迷い出てきたような未知なる異形の生物「クリプテッド」。これらに対抗する手段として当時の3大国家が中心となり樹立されたワイズ連邦は、ラウジールをエネルギー源とする万能兵装システム「ユングフラウユニット」を主幹とするリーパー/グリムリーパーという人型機動兵器を開発した。   それまでの兵器体系を一変させるほど脅威的な柔軟性を持つユングフラウユニットは、状況に応じて四肢モジュールを交換することで、いかなる戦局にも対応が可能な万能兵器である。この兵器の出現により連邦劣勢だった戦場のパワーバランスは一変したが、当時中立国であったキャスレーン共和国(現在のキャスレリア)の軍事クーデターに端を発する政治的な取引により、世界中の各陣営が平等にその開発技術を得るチャンスを持った結果として、再び均衡状態に陥っているというのがここ80年ほどの世界情勢である。  リーパーは約5メートルほどの小型サイズの人型兵器を指す。リーパーの四肢は比較的安価で生産が容易なため民間から国軍に至るまで最も多く使用されている。対するグリムリーパーは10メートル級の人型兵器であり、より人型に近くなったことでリーパー以上の汎用性を獲得した上にサイズ差以上の戦力を誇り、現代の戦場の決戦兵器として君臨している。  更にグリムリーパーにはα/βという2つのグレードが存在する。  一般兵でも操縦可能なβグレードに対し、αグレードはサイバネティック技術を応用した更に高性能な四肢モジュールをセットした機体であり、高性能すぎるが故に一般のパイロットではまとも動かすことすら困難である。そのためパイロットはエグゾスケルトンを纏う戦士「バルムンク」と同様にインプラント施術によって体内に超小型制御デバイスを埋め込み、そしてそのパイロット「リンカー」が搭乗することで機体OSに搭載されたゲストOS「シンセティック・モーション・システム(SMS)」がアンロックされることで初めてαグレードモジュールの性能を発揮、自身の肉体に近い感覚的な操縦が可能となり、βグレードとは比較にならない性能を発揮する。先述のブレイク部隊長の発言もこれらの性能差に由来するものであった。  エリア27を所有するDHネルシオンはリーパー/グリムリーパーの生みの親であるとともに四肢モジュール開発メーカーでもある。ここで1ヶ月に及んだ最新鋭の試作機であるエーデルシュタインの評価試験は今日最終日を迎え、今まさにワイズ連邦軍へ納入する前の最終テスト項目である実戦を想定した模擬戦闘が行われるところであった。  広大な演習区域の北東A-4ブロックは地殻変動で隆起した崖が屹立しており、そこが演習のスタート地点である。眼下にそびえる深い森を抜けると中心にはブレイク隊長の向かった仮設司令本部のある平原が広がっている。目指すゴール地点であるE-1ブロックにあるアルファポイントはその向こうに広がる森を抜けた南西端の崖上だ。陽光を受け白く輝くエーデルシュタインは重心を低く構え、低いモーター音とともにサスペンションを沈みこませて崖を伝って眼下の森へ向かってジャンプ、それを後方からトレーサー2、トレーサー3のヴィルトガンズが追従する。いずれもライフルは構えているが装填されているのは模擬戦用のペイント弾だ。  エーデルシュタインのテストパイロットを務めるアインは23歳。DHネルシオンお抱えのテストパイロットであり、チーム全員が軍属上がりであるブレイク隊の一員である。若く才能のある彼は軍籍時代にいくつもの華々しい戦果を挙げ異例のスピードで少尉にまで登りつめたが、それを快く思わない周囲の者たちによって引き起こされた事件に巻き込まれた結果、除隊を余儀なくされる。しかしアインの才能を憂いた当時の上役が、彼の友人でもあったブレイクが率いるネルシオンのテストパイロットチームへ推薦してくれたのだった。  厳しくも優しい父親のような存在であり、そして腐っていた自分を再びパイロットにしてくれた恩人でもあるブレイク隊長をはじめ、女性だけのグリムリーパー隊を率いていた事で軍内でも有名だったチヒロ、戦車隊からの転属グリムリーパー乗りで、自分よりも階級が上だったアインを皮肉を込めて「少尉殿」と呼んで茶化しているが、気さくで後輩思いのバローラなど、ブレイク隊の主要メンバーをはじめ別部隊の者達も彼の実力を高く評価しており、それ故今回の新型機のパイロットシートも素直で優秀な彼に白羽の矢が立った時、誰からも異論はなかったのだった。(もちろんバローラは皮肉を忘れていなかったが)  そんなアインをもってしてもこのエーデルシュタインの性能、特に反応速度と機動性は驚くべきものであった。エーデルシュタインをテストベッドに行われているシュタイン計画の概要はコアモジュールであるユングフラウユニットに搭載された機体制御OSのアップデートと、それに対応する新型四肢モジュールによる機体性能の向上だと聞いている。外観を見る限り原型機であるヴィルトガンズとの共通部分も多い。にも関わらずこの圧倒的な性能差はなんだ?自慢じゃないがアインは自分でも連邦軍時代でも中の上、いや上の下ぐらいの操縦技術はあると自負している。だからこそこうやって企業のお抱えテストパイロットをやれているのだ。  そんな自分が今回のテストではまるでルーキーのように機体に翻弄されている。バローラに茶化されるのも無理はない。OSをアップデートしてパーツを交換したぐらいでこうも機体性能が向上するものなのか?こんなピーキーな機体を乗りこなせるパイロットなど軍にいたとして、チームでの作戦行動が定石である連邦軍に於いてこのじゃじゃ馬をどうやって運用するのか?現に慣れない自分の操縦でも歴戦2人のヴィルトガンズはついてくるのがやっとじゃないか。アインの疑念は後を絶たない。いかん。負け惜しみみたいになってきた。そんな事はテストパイロットの自分には関係ない。とにかく今はこいつのパフォーマンスを最大限引き出すのが自分の仕事だ。そう気持ちを切り替えると、彼は軍にいたらお目にかかる事などなかったであろう卸したての真新しい機体に搭乗できる嬉しさに心が震えるのであった。  実際、エーデルシュタインの機動性は他機体に比べて抜きん出ていた。 背部のコックピットユニット両脇に装備された新型機動補助ユニット「グランツ・ゲフィーダー」を効果的に駆使して驚異的な跳躍力と突進力を見せていた。  今も飛行と見紛う驚異的なジャンプで崖を下りながら2機目のイーグレットを仕留めたところだ。  「これがエーデルシュタインの力…」  コックピットの中でアインは独りごちた。  心が踊る。とはこのような事なのだろう。まだまだ完全に乗りこなせているとは言えないものの、やはり自分はパイロットなのだと再認識させられるとともに、今日でこの機体ともお別れかと思うとそれがテストパイロットの宿命と理解はしていても寂しくもあるのだった。

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同時刻、PMC(民間軍事会社)「エアリアルセキュリティ」所属のケヴィン・アンダーソンは演習区域東外縁E-5ブロックにてカスタムイーグレットで警備の任務に就いていた。  他にも同僚たちが演習区域外縁で同様の任務に就いている。  「そろそろドンパチごっこが始まってる頃か。警備なんぞじゃなくオレらにその新型機の相手をさせりゃいいのにな」  「ボヤくなボヤくな。警備も重要なお仕事よ?もっともこんな辺鄙なところにある実験施設に何か起こるとも思えんがな」  相棒のポール・ノイマンも嗜めつつ自らもボヤいてる。  「決まり事なんだろうよ。まぁ先月までのお偉いさんの警護任務はハードだったからな。せいぜい今回の任務は楽させてもらうさ」  「だな。そういえば次の休みに…なにっ!?ガハッ!!」  それきりポールからの無線は途絶えた。と、同時に不意に眼前に現れた迷彩色のグリムリーパーに動揺する間も無く、背後からの鈍い衝撃によってコックピットごと貫かれ、相棒の次の休みの予定を聞くことは永遠に出来なくなった。  「露払い完了。カーゴを持ってこい。これより猟犬を狩場に放つ」  警備機を背後からひと突きにした迷彩グリムリーパーは何処かに向けて秘匿回線でメッセージを送った後、後方に控えた随伴機と共に持参した巨大なカーゴのハッチを開けた。  「調子良さそうねホワイトラビット。あたしも混ざりたいけど、今日はバローラと後ろでおとなしくしてるわ。引き続き頑張って」  「はい、チヒロさん。ちょっと膝のサスが柔らかい気もしますが、昨日の着地失敗の後ヨハンさんが気を効かせてくれたのかもしれません。やれます!」  そう言い放つと森の中に潜む2機目のフェンリルからの射撃を左右にジャンプして避けつつ仕留めてみせた。これで残りは半分。  ついついトレーサー2を名前で呼んでしまった。やはり自分は高揚しているのだろう。この機体で再び戦場に戻れたら・・・などと考える自分は、まだ戦場の緊張感に未練があるのだろうか?詮無いことを考えながら10時の方向に潜む次の獲物に狙いを付けようとした瞬間、異変を知らせるコールが入った。  「こちら司令本部、E-5およびB-1ブロックの外縁警備部隊との連絡が途絶えました。侵入者と思われますが詳細は不明。模擬戦を中止して司令本部ハンガーに戻rgfybst@dgss!?・・・・」  司令本部からの連絡が不自然に途絶えた瞬間、その建物のある方角から爆発が起こる。なんだ!?  外縁警備部隊と連絡が途絶えたと言っていた。侵入者とも。そして司令本部には先行したブレイク隊長がいる筈・・・隊長は無事なのか?  ブレイク隊長に通信を試みたがノイズ音しか聞こえない。何らかのジャミングが張られたのか?おまけに各員のポイントを示すエリアマーカーが死んでいる。  何れにせよペイント弾では話にならない。確か司令部ハンガーにEパックと武器が保管されている筈・・・まずは武器を!  隊長・・・無事でいてください!エーデルシュタインは森の中を疾走し、平地への出口まで辿り着いたところでジャンプで一気に司令本部への距離を縮めようと身構える。  その時、背後から何者かにエーデルシュタインの肩を掴まれる。チヒロのトレーサー2だ。接触回線で通信が入る。  「アイン、何事か起こってるのは間違いないけど、まずは落ち着いて。私にも気付かないようじゃ森を出た瞬間に狙い撃ちされるわよ?」  確かに迂闊だった。マーカー無しでは間合いに入ったトレーサー2にさえ気付かなかった。  「非常用の通信回線が生きてる。チャンネル6679に合わせて。うん、聞こえる。状況からいって襲撃されたのは司令本部で間違いないようね。まずは隊長の安否確認と武器を調達するために予定どおり司令本部へ向かう。バローラはさっきあなたが撃墜したエネミー4とエネミー8を探しに行ったわ。10分後にB-4で合流。マーカーは死んだままのようだからなるべく固まって行動するわよ」  「了解ですチヒロさん、すみませんでした。本部裏手が森から一番近い筈・・・そちらから回り込んで一気に距離を縮めましょう」  「落ち着いたようね。うん、あたしもそれがいいと思う。バローラと合流して手数が増えてから詳細を練りましょう。行くわよ!」  エネミー2、イーグレットに搭乗するリード・エンバーはひとり森を疾走していた。  森の中からでも司令本部がある方向に上がる爆煙は視認できるものの、損害の規模は確認できない。非常回線を試したが司令本部は応答なし、マーカーは相変わらず死んだままだ。  だがグレッグ隊の演習初期配置は把握している。司令本部には既に敵が詰めているかもしれないが、森から最も近い本部裏手のルートからなら気付かれずに奇襲できるかもしれない。そして一番近い位置にいるのは自分の筈だ。ならば・・・森の出口に辿り着くや否や、エネミー2は司令本部のある方向に向かって平原を走りだした。  その瞬間、後方の森から3つの大きな影が飛び出しエネミー2に向かって走り出してきた!  そしてみるみるうちにイーグレットに追いつき飛びかかる!  「あれは・・・そんなバカな!?クリプテッド!?戦ってるのは・・・エネミー2なの?」  バローラたちと合流して森の出口に辿り着いたチヒロに続き、全員が前方の光景に驚きの声を上げる。  単機で突撃したのであろうイーグレットに襲いかかっている3つの物体は・・・確かにクリプテッドだ。  何故こんなところにクリプテッドが??  無理もない。クリプテッドは基本的にラウジール採掘場内やその近隣にしか姿を見せず、それゆえ「ラウジールの守護者」などと呼ばれているのだ。こんな僻地に、しかも彼らから襲撃してくるなどありえない事なのだ。  襲っているクリプテッド達は雄ライオンのようなしなやかな体躯と立派なたて髪をたくわえていたが、通常の雄ライオンと決定的に違うのはそのたてがみや体表が青色の鉱石なような物質である事、そして何よりその体長が目視でも5メートルほどはあるという事である。擬原生種という、サイズは違えど地球由来の原生生物を模した種だ。クリプテッドの中では最も多い種とされるが、こんな所に出てくるのは普通ではないし倍近いサイズのイーグレットとはいえ俊敏さと数に於いていささか分が悪い。 携行していたコンバットナイフとペイント弾を目眩しがわりに応戦していたが、仕留め切れる得物がないためクリプテッド達に苦戦を強いられていた。  しかし・・・変だ。  ここにいる面々はこれまで数多くのクリプテッドとの戦闘経験がある。だが、それらと今エネミー2と対峙しているクリプテッドとは何かが違う。全員がそう感じた。  「連携だ」  バローラが呟く。そうなのだ。  クリプテッドの生態は未だ全貌が明らかになっていないが、少なくとも偽原生種の知能はそれを模倣している生物と大差ない筈だ。群れが獲物の動きを先回り、連携して襲いかかるなどあまり聞いた事がない。通信は続く。  「あんなクリプテッド見た事ないが、そりゃ後回しだ。それより、リードさんも粘ってはいるがこのままじゃジリ貧だ。少なくともひとりは加勢してやらないとヤバい。残りは司令本部へ。敵の正体がいまいち絞りきれないが、仮にスナイパーがいたとして地形的に見てアルファポイント下の崖の中腹だ。幸いあそこからじゃ本部が邪魔でこっちを狙えない、と思うぜ?」  「多分そうね、ではひとりがエネミー2を援護。残りはこのまま司令本部まで突っ切る。仮に狙撃があったとしてもこの数を全機仕留める事は出来ない筈よ。いい?」  「では自分が残ります。チヒロ大尉たちは司令本部へ向かってください。ついでにグレッグ隊長も見つけてきてくれるとありがたいんですがね。あの人隊長のくせに単独行動多いんで」  「了解よハーベイさん。でも大尉はやめてくださいね。じゃあ行くわ!」  ハーベイのエネミー8、フェンリルが会敵中のリード機の援護にまわり、残りは司令本部へ向かう。2機になったとはいえ状況はさして好転していない。早く武器を調達して戻ってやらねば。  果たして司令本部裏手のルートにそれ以上の襲撃はなかった。スナイパーはいないのか?だがもしバローラさんの言うようにスナイパーがいたとして、その死角にはクリプテッドがいた訳か。いや待てよ。そうなると人間とクリプテッドが連携していたってことになるんじゃあないか?  アインは考えを巡らす。  仮にそうだとして、クリプテッド3体では手薄な気がする。おびき出されてるのか?  考えていても仕方ない。おそらくチヒロさんやバローラさんも同様のことは想定している筈だ。今は武器を手に入れなければ。    爆炎の規模からと建造物のシルエットから予想はしていたものの、司令室のある司令塔はなぎ倒されて隣接するハンガーに向かって倒壊していた。あれでは武器があっても無事かどうか・・・  司令本部の裏手に辿り着いた4人は同じことを考え等しく落胆した。  そして。本部の影になってよく見えないが、倒壊したハンガーの瓦礫の中からリーパーの腕が見える。ここにいたリーパーはトレーサー1のオルトロス・・・そんな・・・!  そこへ北西方向から到着したエネミー3イーグレットが真っ先に瓦礫に駆け寄りリーパーの前に呆然と立ち尽くしている。バローラが通信を試みると驚いたように反応したが、  「バローラか?裏手にいるのか?ここに埋もれてるのはおそらくトレーサー1だ。ブレイク隊長は・・・」  その瞬間、エネミー3のコックピットに閃光が走ったかと思うと棒人形のように倒れこんだ。  「おい!エネミー3!!」  やはりスナイパーがいるのだ。ビームの軌跡からするとバローラの推測どおり南西アルファポイントの崖の中腹だろう。おそらく司令塔も狙撃されたのだ。こちらからは司令本部が遮蔽になっているが、表側にまわった瞬間に狙いをつけてくる。しかし、どこから入り込んだ?  そして、今度は南側の森から飛び出してきたエネミー10のフェンリルがホバーを吹かしてジグザクの軌道でこちらにやってくる。ダメだ、それじゃあやられる!と、思ったのも束の間、もんどり打って前のめりに倒れた。背中のコックピットからは煙が上がっている。迂闊な!  「チヒロ、どうする?正面に回ったら射的の的だ。おまけにハンガーは潰されて武器はダメだ」  「そうね、となると他に武器は・・・」  「アルファポイントです!あそこなら!」  アインが応答する。  「だな。だが、アルファポイントまで行くにはスナイパーがいる崖を通らなきゃならない。どうする?」  「もう一度森の中を迂回しましょう。森の中なら狙撃されるリスクも減るわ。遠回りになるけど仕方ないわね」  「そりゃダメだチヒロ」  突然回線に通信が入ったかと思うと、さっき出てきた背後の森から何者かが近づいてくる。あれは・・・グレッグ隊長のイーグレット!?  「グレッグ隊長!無事だったんですね!」エネミー4、デニーは上司の無事を喜ぶ。  「悪い、待たせたな。遅くなっちまったせいであいつらが・・・リード達の状況も確認した。だが森の中はダメだ。俺もスナイパーを避けて森の中を南下したんだが、結構な数の待ち伏せ部隊がいた。で、ここまで戻ってきたって訳だ。」  「と、なると。ぐずぐずしてると挟み撃ちに合うかもしれないな」  しばしの沈黙の後、チヒロが口を開いた。  「さっきと同じ作戦で行きましょう。全員で最短距離を突貫するの。でもアルファポイントに向かうのはアイン、あなたよ。敵はまだエーデルシュタインの突進力と跳躍力を把握していない筈。崖下の森まで辿り着ければ勝機はあるわ。そこまではあたし達であなたを守る。あとは一気に崖を駆け上ってアルファポイントまで」  「ちょっと待ってください!それじゃあチヒロさん達が!」  「それが最も成功の確率が高いと思うわ。どう?グレッグ隊長、バローラ、デニーさん」  「だな。頼むぜ少尉殿」  「自分もそれがベストかと」  「俺も乗ったぞ。的は多い方がいいだろう」  「別に的になってやられるつもりはないわ。あたし達をなめないで。5機が散開して突貫すればスナイパーも躊躇すると思うわ。可能なら全員で森へ」  「了解しました。全員ですよ」  「オッケーいい子ね。じゃあいいわね、カウント3で飛び出すわよ。3、2、1、今!」  5機のグリムリーパーが一斉に飛び出した。その瞬間、エーデルシュタインのセンサーが前方崖の中腹にキラリと反射するものを確認した。そこか!  他の面々もスナイパーの存在を確認したようで、散開しつつもアインのエーデルシュタインを射軸から守るように移動する。  すみません、皆さん。だが、これなら行ける!全員で森の中まで!!  だが。  「待った!前方!」  バローラが叫ぶ。  「嘘・・・だろ・・・」

5機のグリムリーパーの前方にまたしても信じ難い光景が広がる。  迷彩柄の所属不明グリムリーパー6機が前方の森から行く手を遮るように現れたのだ。それだけではない。先ほどの偽原生種のクリプテッドが6体、彼らの後ろから狩人に付き従う猟犬のようにゆったりとした動作で現れた。なんだこれは?先ほども可能性が頭をよぎったが、人がクリプテッドを手懐けているなど・・・あり得ない!  迷彩グリムリーパーの方に目を向けると、こちらは全機形状、装備が違う。ご丁寧に様々なメーカーのパーツが入り混じっている為、やはり外観からは所属を特定するのは難しい。となると・・・傭兵か?バローラが臍を噛んでいると  「こいつら、さっき森で待ち伏せしてた奴らだ。クソ、読まれたか!」  グレッグが叫ぶ。  こちらが判断を下すとそれに対応した手を打ってくる。内通者・・・か? そして今更驚くべきことではないが襲撃者は正体を隠したい何者かであり、初手で司令塔を潰しておいた後に、クリプテッドを使って獲物を追い立てた上でスナイパーが各個撃破、更にスナイパーに向かって突貫すると判断するや否や、今度はその行く手を塞ぐという戦法を鑑みるに、これは周到に準備された極めて計画的かつフレキシブルな襲撃だと思える。しかも警備も戦力も手薄になる模擬戦を狙ったとなると、やはり内通者がいる事は間違いないだろう。とすると、その目的は新型機エーデルシュタインの奪取、もしくは破壊といったところか。つまりその他の戦力は排除、という事だな畜生め。だが。単に奪取、破壊という事であれば警備は厚くなるものの模擬戦以外の日程でも良かった筈・・・となると、この襲撃のもうひとつの目的はエーデルシュタインの戦力分析・・・・?確かにアインが持て余すほどの性能には目を見張るものはあるが、たかがグリムリーパー1機にここまでやるのか?  バローラがスナイパーを回避しつつ普段の軽口には似つかわしくない冷静な分析を試みるが、肝心の打開策が浮かばない。  クソっ!どうする??  「落ち着けバローラ。まずはスナイパーに狙われないよう乱戦に持ち込みつつ司令本部まで引くんだ!離れたら狙われるぞ!」  グレッグの指示どおり逃げ回るのをやめて敢えて前方の敵に向かって近接戦闘に移る。  だが、万全の装備の相手と猟犬のようなクリプテッド相手に丸腰ではいずれ狩られてしまうだろう。  全機ジリジリと後退を余儀なくされ、司令本部まで押し戻されている。  やがて完全に司令本部まで押し戻され振り出しに戻ったが、今度は敵に囲まれているので本部裏手に回ってスナイパーから隠れることも出来ない。  「キャー!」  チヒロのヴィルトガンズの左手が吹き飛ぶ。スナイパーだ!  怯んだチヒロ機に6体のクリプテッドが一斉に襲いかかる!あれは・・・まずい!  「チヒロ!」  「チヒロさん!」  ドゴォーーーン!!!  南西の森の中から轟音と共にビームの奔流が走る。  チヒロに襲いかかろうと飛びかかったクリプテッド2体が吹っ飛んだ。  「間に合ったか」  ビームが走った森の中から1体のリーパー、フェンリルが現れた。  右腕にはフェンリルの体躯には似つかわしくないグリムリーパー用のロングライフルを抱えている。ビームの威力からすると出力を絞らずに撃ったのだろう。反動に耐えきれなかったのか、その腕は千切れそうだ。  フェンリルは突然の出来事に硬直した戦場をホバーで一気に駆け抜ける。  「その声は・・・ブレイク隊長!!」  アインが叫ぶ。間違いない、隊長の声だ!  「遅くなってすまんな。司令本部に着いた後、俺はオルトロスを降りてハンガーの中にいた。そこへあの襲撃が起きた。咄嗟にハンガーにあったフェンリルとこのライフルを担いで森へ脱出したが、このままじゃフェンリルにこのライフルは撃てん。コックピットから直接撃てるよう調整するのに手間取った上、1発撃ったらこのザマだ、すまんな。だから!」  そう叫びながらブレイク隊長のフェンリルが虎の子のロングライフルをエーデルシュタインに向かって投げる。  「アイン、こいつはお前が使え!お前がこの状況を突破しろ!」  その瞬間、フェンリルはスナイパーによって右脚ホバーを撃ち抜かれ、そのままハンガーまで吹っ飛んだ。  「隊長!!」  「・・・大丈夫だ、それよりまずはそいつでスナイパーを仕留めろ。その後アルファポイントで全員の武器を調達、反撃に出るぞ。グレッグ、お守りを頼めるか?」  「任せろ。坊主と一緒に行って武器を持ってきてやる。死ぬんじゃねえぞ」  「了解です!必ず落とします!だから隊長は早く退避を!」  「聞いたなお前ら。アインがスナイパーをやってくれる。そうしたら一旦森へ散開して待機、武器を持ち帰ったら反撃だ。いいな!」  「どけぇ!!!」  バシュゥゥーーン!  フィールドを走り抜けながら右前方の迷彩グリムリーパーの1機を撃墜、爆煙が立ち上る。これで3機目。爆煙に身を隠したエーデルシュタインが身を沈ませて一気に跳躍する。  だが。  スナイパーは正確に空中のエーデルシュタインの軌道を読み射撃する。  くそ!エーデルシュタインの機動力まで織り込み済みなのか!?やられる!?・・・かよ!!  そう思った瞬間、展開したグランツ・ゲフィーダーから眩ゆい光が漏れる。そしてエーデルシュタインは空中で更に加速して射撃を避け切りそのまま高く舞い上がる。  グランツ・ゲフィーダーに飛行能力はない。だがその瞬間、エーデルシュタインは確かに空を舞う鳥のようだった。  あまりの挙動にスナイパーはエーデルシュタインを見失ったようだった。今だ!今度こそ、仕留める!降下しながら空中で旋回して一気にスナイパーまでの距離を詰める。 見つけた!喰らえ!アインはトリガーを引く。  バシュゥゥーーン!!・・・・  「こちらホワイトラビット、敵スナイパーを撃破。これからエネミー1とアルファポイントへ向かい武器を調達します。それまで皆さんご無事で!」  「トレーサー1よりホワイトラビット、俺はバローラに回収してもらった。これから一旦森へ退避する。まだ敵はいるんだ、リード達も気になる。そちらにも追撃の手が回るかもしれん。気をつけろよ」 「ホワイトラビット了解」 「それからな、アイン。よくやった」 「…ホワイトラビット了解、すぐに戻ります」  スナイパーのいた地点でグレッグを待つ間、アインは先ほどのエーデルシュタインの現象について考える。自分たちの知らない性能があるというのか。ならばそれも全部引き出してやる。それがテストパイロットの使命だ。

「あぁオレだ。獣どもの動きが良くないな。テイマーの経験不足を差し引いてもあれではな。D-3の獣どもは一旦下がらせろ。あんな泥仕合見ちゃおれん。ドラゴンライダーはもっと苛烈だったぞ?あぁ、頼む」  さて、と。第一ラウンド終了だ。尻に火はつけたぞウサギちゃん。お前は見た目が示す狩られる獲物なのか、それとも名前が示す磨けば光る原石なのか。見定めてやろうじゃないか。  もっとも、最後のネタバラシで中の奴は使い物にならなくなりそうだが、っと、定時連絡っと。  テストチームが演習を開始した地点にその異形のグリムリーパーはいた。  「…はい、予定通り進行中です。…はい、1度だけ兆候は見られましたが、判断はつきかねます。引き続き追い立ててみます」  太陽は間も無く崖の向こうに沈もうとしている。           承前2に続く

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